【研究目的と研究概要】
目下、世界規模での脱炭素社会の構築が喫緊の課題として取り上げられ、日本政府も「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、経済と環境の好循環を実現するグリーン成長戦略を打ち出しています。カーボンニュートラルは並大抵の努力では実現できません。温室効果ガスの排出が8割以上を占めるエネルギー分野において、カーボンニュートラルにどのように取り組むかが極めて重要となります。電化の促進、電源の脱炭素化が鍵となる中で、太陽光発電や水素、風力を代表とする再生可能エネルギー(再エネ)を最大限に導入することが政府の方針となっています。
しかしながら、このような状況下においても我が国の発電量に占める再生可能エネルギーの割合は、未だ20%前後であり、欧州主要国の40%に比べ半分程度の水準にとどまっています。従来の太陽光発電システムでは、設置できる適地も飽和状態にあり、気候変動に影響を受けやすい再生可能エネルギーをどのような形で貯蔵するかも大きな課題となっています。
曽我部研究室では、東京大学先端技術科学センター岡田研究室、電気通信大学沈研究室らと協力し、太陽光発電システムの大幅な拡大を目指した窓用透明型次世代太陽電池の技術開発をAI技術と融合した形で推進しています。(図1参照)
窓用透明型次世代太陽電池の開発が実現すれば、従来の技術では利用できなかった建物壁面、特に窓ガラスなどの開口部への太陽電池の設置が可能になり、再生可能エネルギーの利用拡大に大きく貢献することが期待できます。ただし、その開発には、発電効率の高効率化、透明度の高透過率化、そして実用に向けた軽量化、曲面追従化そして長寿命化のような多数の制約条件を考慮する必要があります。これらの制約条件に関わる最適化パラメータは数百個以上にのぼり、人間のカン・コツに頼る従来の太陽電池の開発技術では全く通用できなくなります。そこで我々は、これまでに開発した独自のAI予測最適化制御技術を駆使し、新たな窓用透明型太陽電池の設計開発手法の構築を進めています。
【期待される研究成果等】
1)グラフCNNを用いたコアシェル型半導体量子ドットの逆設計と最適化
透明型太陽電池を開発するためには、可視光を透過させ、赤外光や紫外光を発電に利用するという非常にユニークな光吸収係数を持つ材料を探索する必要があります。本研究はバンドギャップを自在に操作できるコロイド量子ドット、特にキャリアのライフタイムが長いコアショル量子ドットに着目し、目標となる光吸収スペクトルが既知である条件下で、最適な量子ドットを逆設計します。そこに我々が独自に開発したグラフCNN深層ニューラルネットワークを用いることで、従来の浅いニューラルネットワークによる学習不足問題が回避され、結果として入力データの種類を大幅に増やすことができ、より効率的に各変数間の相関や特徴抽出を行うことが可能になります。図2は、本提案手法の模式図を示します。まず、実験チームからの情報に基づき、量子ドットモデルの構造情報を作成します。量子ドットの各位置における断面図や各断面図における各元素の分布図といった直感的にイメージできる画像データを入力することができるので、CNNと連動し優れた学習効果が十分に期待できます。さらに半導体量子ドット特有のバンドダイアグラムに関しては、グラフネットワークを処理することによって画像として学習することができます。各元素(Cd,Te,Se,Zn,In,As,…)のインデックスは深層学習分野で度々用いられているone-hotエンコーディングを使用します。図2の①に示すように、グラフCNNを用いた深層学習の教師データは、従来の第一原理DFT計算を中心としたバンド計算の設計の対象となる励起子吸収スペクトラムから多数用意することができます。
2) FDTD近似型ニューラルネットワークと深層強化学習を用いた光閉じ込め構造の逆設計
窓用太陽電池の開発では、赤外光のような長波の光を有効に利用するためにナノフォトニクス光閉じ込め構造を設計する必要があります。最新の研究結果によると、ナノフォトニクス分野の構造逆設計において、予測と最適化の両方の機能を備える深層強化学習を用いた構造決定が通常の機械学習手法より遥かに高い精度を示し、かつ人間の専門家が決定した値より優れた光学特性を達成することから、ナノフォトニクス分野の逆設計の主力手法になることが示唆されています。
図3は本提案手法の模式図を示します。構造パラメータは強化学習アルゴリズムの行動に置き換えることで探索することができます。構造データが連続値なので、連続値行動を学習できる決定型方策勾配法(DDPG: Deep Deterministic Policy Gradient)の強化学習アルゴリズムを使用します。強化学習の報酬関数はFDTD電磁場解析手法を用いて光散乱強度、反射係数、透過係数を算出する値を使用します。FDTD解析は、波長のステップ幅とFDTDの時間幅を小さくするので、計算時間が非常に長くなります。この問題を回避するために、音声認識に使用される再帰型ニューラルネットワークを用いてFDTDの電磁波伝搬解を学習する仕組みを取り入れます。学習済みの再帰型ニューラルネットワークを使用すれば、FDTDに割り当てる計算はミリ秒で処理できます。
【“透明型量子ドットペロブスカイト太陽電池”の社会的意義】
カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガスの排出が8割以上を占めるエネルギー分野の出方が鍵となります。地上や屋上への太陽光発電の設置は飽和しつつある中、これまで推進してきた再生可能エネルギーの導入量をさらに拡大し、十分な創エネルギー量を得るためには、変換効率の向上や壁面や窓等を活用した設置面積の拡大が不可欠でしょう。設置面積の拡大を考える時、壁面は老朽化や強度不足、施工困難などの現実的な問題を抱えていますが、設置や更新が容易な壁面の開口部(すなわち窓の様な部分)に、全透明型の太陽電池を設置することが可能になれば、再生エネ導入の飛躍的な拡大が期待できるのです。
窓用太陽電池として受け入れられる外観 、経済性を加味した(商用電力価格以下の)発電コスト、建築材料の要求性能を満たす“透明型量子ドットペロブスカイト太陽電池”の開発が成功すれば、脱炭素社会の実現に直接貢献することが期待できると言えます。